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社会的治癒について

社会的治癒とは?

社会的治癒とは、法律上の規定がある概念ではありませんが、厚労省配布の資料によると以下の場合に成立します。

「医療を行う必要がなくなり、無症状で医療を受けることなく相当期間経過していること。
薬事下にあれば一般社会で就労していても社会的治癒とは言えない。
治療の必要があっても経済的な理由や自己判断で治療を中断したものも認められない。
※相当期間とは傷病によるが、少なくとも5年経過していることが必要」

その意義・メリットについて

そしてこれが成立することによって初診日は治癒後に初めて医療機関を受診した日として認められることになります。
このような主張をするメリットは以下のような場合に効力を発揮します。
例)ある障害に関してはじめて医療機関を受診したのが平成20年4月1日①~平成21年4月1日
→医師から寛解が告げられ受診しなくなるのが平成21年4月2日~平成26年4月1日
→再度同じ病気について再発悪化して再び診療を受け始めるのが平成26年4月2日②~

この場合で、
1、①の時点では保険料納付要件を満たさないが、②では充たす
2、①の時点では国民年金だが、②の時点では厚生年金である
などのような場合は、②を初診日とできればメリットがあるといえます。

実際の成立可能性

まずはじめに、 社会的治癒とはそんなに簡単に認められる法理ではありません。正直言いますと、このような高度にテクニカルな内容は誤解を招く可能性が非常に高いですのでサイトに掲載したくはないのですが、他サイトなどで情報を得たご相談者様からのお問い合わせがあまりに多くかつ誤解が多く、お諫めの言葉をかけさせていただくことも少なくありません。そこで改めて当職なりの見解などを記しておきたいと思います。
また、使いこなせれば強力な武器ですが、一般の方が一人で使うのは不可能な武器だと思いますので、当事務所へ一度ご相談ください。

まず、法律上の規定がないということもあって、前記の場合に成立するとは言っても、各担当者レベルでも各社労士の感覚としても出来る場合出来ない場合の考えに隔たりがあるように思いますけれども、当職としましては前記の厚労省の示す成立要件はおおむね妥当なものと考えます。

「医療を行う必要がなくなり、無症状で医療を受けることなく相当期間経過していること。」

冒頭の要件の1行目についてですが、
一通りお話をお聞きして、こちらから社会的治癒の話をさせていただくこともありますが、その際に
「~病というのは治癒する病気ではないのです」
と言われることもありますが、それは「医学的治癒」という意味でおっしゃっているものと思います。
そうではなく社会的治癒とはもっと一般的な意味で治ったという風に言えるかどうかというのがポイントだと思います。つまり、無症状で医療を受けていないということであって、病原が完全に根治しているというところまでは必要がないと思います。

「薬事下にあれば一般社会で就労していても社会的治癒とは言えない。」

2行目については、
申請してもいいかどうかを考えていたあるご相談者様から次のような話をお聞きしたことがあります。
「自分のような状態で申請していいかどうか悩んでいましたが、主治医から
『あなたは定期的に通院して薬も毎日定期的に飲んでいる。それはイコール病人だということだ』
と言われました」
とのこと。当職もこの医師の感覚は全く正当だと思います。
逆に言うと、受診はしていても経過観察のみで、「どうですか?」「特に問題ありません」で薬も出されずに終わるような受診期間のみであれば成立の余地はあると思います。

なお、審査請求の裁決例では、精神疾患で受診して投薬下にある場合でも、その投薬量が基準値以下であるので治癒と認めるとするものもあります。しかしながら、実際それで認定されるかどうかは別として、少なくとも当職としてはちょっとその理屈がよくわからないというところはあります。

「治療の必要があっても経済的な理由や自己判断で治療を中断したものも認められない。」

3行目については、
医学の素人が勝手に治ったと思ったとしても、それは治ったという状態にはならないと思いますので当然かと思います。
類型別に考えますと、糖尿病の方は自己判断での中断をなさっている方が非常に多いと思います。

「※相当期間とは傷病によるが、少なくとも5年経過していることが必要」

4行目については、
5年というのはやや長いような印象が個人的にはありますし、目安とはなると思いますが、状況にもよるものの長ければ長いほど認められやすいのだろうと思われます。1~2年程度では一般的には厳しいのではないかという感触ですが、過去には再審査請求において1年半程度で認められた事例もあるようですので、これまた状況次第ではないかと思われます。

過去の判例の動向から

当職が補佐人として関わった訴訟においては社会的治癒の成否が争点となりましたが、その訴訟遂行の中で調べた限りでは以下のような判例がありました。それぞれご紹介するとともに、これらから導かれる傾向について解説したいと思います。

東京地裁平成19年4月12日判決

「社会的治癒の判断,すなわち,「医療を行う必要がなくなって社会復帰している」といえるか否かの判断は,一般的な社会生活,日常生活が送れるか否か,就労が可能か否か,就労している場合その状況は一般的な労働者と同等のものといえるか否かといった事情に加え,傷病の内容,病状,病歴,先発傷病の終診から後発傷病発症までの期間といった医学的事項も考慮し,総合的な見地から社会通念に従って行うべきである。」としたうえで、原告がスーパーマーケットに勤務していたとしても「安定的な社会生活を継続的に営むことができる状況にあったとまではいい難い。」、原告が家事をほとんどしなかったことや職場において問題行動が目立っていたことなどを捉えて社会的治癒を否定。

大阪高裁平成19年2月27日判決

統合失調症の事案において薬物療法が行われていたことなどを捉えて社会的治癒を否定。

京都地裁平成17年5月18日判決

「国民年金法において,障害に関する年金は,その障害の原因となった傷病の初診日を基準に受給資格の有無が判断されることとなっているところ,ある傷病が発症した後にこれが治癒して,その後再び又は新たに傷病を発症して障害を生じた場合には,別傷病である後の傷病の初診日が基準となるものと解される。
この場合の「治癒」とは,国民年金という社会保障制度の運用の観点からは,医学的に治癒したとまではいえない場合であっても,社会通念上治癒したものと同視できる程度に達していれば足りるというべきであり,実際の運用においても,このような「社会的治癒」をもって治癒があったものとみなされている。」としたうえで、
「統合失調症にり患した者について,症状が消退し,一般社会において労働に従事するなどの安定的な社会生活を営むことができ,そのような状態が一定期間継続している場合,仮に再発予防のための薬物治療等が継続していたとしても,社会通念上,これをもって治癒したものとみなし得る場合もあるというべきである。
もっとも,薬物治療等によってようやく症状が抑えられているにすぎず,仮に薬物治療等を中断すれば間もなく症状が現れるような状態にある場合には,ある程度の期間,安定的な社会生活を営むことができていたとしても,社会通念上,これをもって治癒があったものと見るのは困難であるといわざるを得ず,社会的治癒の判断に当たって,薬物治療等を受けていることを全く度外視することも相当ではない。」と判示し、「薬物治療等によってようやく症状を抑えていたにすぎなかったものと認められ,会社勤務,結婚等,一定程度の社会生活を営むことができていたものの,社会通念上,これをもって治癒したものとみなし得る状態にあったとは言い難い。」として社会的治癒を否定。

名古屋地裁平成25年1月17日判決

原告が平成5年10月25日に胃がんと診断された後、自らの意思で医療機関を受診せずに漢方薬等による独自療法のみで過ごし、平成11年5月19日に再び胃がんと診断された事案で社会的治癒を否定。

傾向の解説

現段階で訴訟で判決まで至っている事例というのはこの4件しか確認できていません。しかしいずれも棄却の事案です。
ただ、当職の感想としては、まあやはりこれらの事件は事情を見る感じでは厳しそうだなと思いました。

まず、1~3はいずれも精神疾患に関わるものだと思われますが、1は病名まではわかりませんが、2や3は統合失調症ですから、正直言って、途中で治癒していたと請求者本人から言われても、その治癒していたという感覚ごと妄想ではないのですか、という疑念はあります。
そういうこともあって、正直なところ、当事務所の方針としては精神疾患での社会的治癒の主張というのはおよそ無理筋だという感覚であります。

それから、上述の意義及びメリットの項で述べた点のうち、最初の初診日では納付要件を充たさないが、治癒した後の初診日では充たす、というようなケースの方はやはり
「結局は自分が年金未納だったことを棚に上げてそういう主張をしているんじゃないの?」
と見られがちであろうと思います。要するにモラルハザードの問題があるということです。

一方、4は内部疾患でありますが、内部疾患の場合は数値的なものが安定していたというような事情があれば認められる余地はありそうかと思います。ただし、この事案の請求者の方は自分なりの治療ポリシーがおありだった様子はうかがえますが、結局は自己判断であるということですから、その点で難しいという風には思います。